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2009年11月 5日 (木)

区切りで正体を掴みたがるのは人間の悪癖だと思う。

ブログネタ: あなたは文系? 理系?参加数

 まあとはいえ主に理の方に文から見てエキセントリックな人間が多いせいか、そういうごく一部のせいで壁は確かに存在するんだよねぇ。>文系理系
 ちなみに選択肢問題です。文・理・オールマイティ・体育会系・えーっとあと何だっけ?何かと最後にその他。私はその他。

 学歴から行けば文系です。高校の時には語学専攻でしたから、理系の単位数がきわめて少なかったですし。ただ、得意分野の生物学は理系ですし、一応大学では一般教養で物理専攻しましたし、ちと文理の区分けで疑問が残る得意分野として経済学と博物学があるのでどちらとは言えない気がします。

 端的な説明を例に取ってこの○系っていう分別に意味がなくなっていることを証明しますが、今、どんどん学問というのは融和しています。例えば理系の中で医学と工学が結びつくことで医療工学という部門が出来上がりました。そしてそこに文系の芸術学が加わってユニバーサルデザインという理念が成立しています。
 経済に関しても気象は地学(自然科学)で理系ですし、相場に大きく影響する作物の作況は農学なしでは語れません。ですが経済学部って文系なんですよね;とはいえ人心を理解するのが重要なので(心理学は文系)、あながち的外れではありませんし、エコノミストにも心理学専攻の人は多いです。

 どちらの分野を専攻してもコミュニケーション能力は必須で、学会に出る立場ともなれば語学必須ですし(文系)、論文を書くのなら文章力は必須です(文系)。わかりやすく説明をしようとした時の表現力は芸術学の一部門ですし(文系)。これらは理系で名を馳せた人材はすべからく持っている能力です。

 芸術に強い潜在的能力がある人は色彩学を感覚的に理解していますが、これも理系の知識に転換することが可能な分野の事です。とはいえ、理論で絵は描けませんし、物語は綴れませんし、論文でないコラムや「よみもの」全般の執筆は不可能で、これは文系の仕事となりますが、文系の人も理系の知識皆無で生きてる人は絶対にいません。興味の範疇で何かしら理系の能力を駆使しています。というわけで、進学上の区切りでしかないのでとりあえず学校を卒業した人にとっては文理の区切りは無意味と言えましょう。

 そもそも文系理系と騒ぎ立てる昨今の風潮は、コミュニケーション能力不全の論理主義者(まあ理系ですね)が文系蔑視を始めたところに端を発します。ところが、真実だの答えだのいつも一つなら人間に感情ないわけで(笑)、それは完全に自己矛盾です。裏返せば自己の能力不足にじれた結果を他人に押しつけたい(自己の欠落を認めたくないという「感情」が出発点)という意識なわけで、暗に文系への嫉妬です。だから自身の能力誇示に走る手合いがその方面には多い、と。

 ところが文系の中にも理系知識疎いと言われて反論できない人は多いわけですよ(私含め)。加えて論理思考しかできない人間は感性が欠如しているように見えて見ていてつまらない。文系の本分は「人を知る」に他ならないので、知る気にもさせてくれないつまらない奴に文句を言われたらそりゃムカつきます。で、反論する人はしちゃうわけです。泥沼化。

 とはいえ文系理系は上記の通り「学生時代の区分け」でしかなく、社会人になったら必要ないし興味に応じてなんでも貪欲に取り込んでいくのが人として普通の姿です。

 宗教対立・民族対立・国家間対立。全て区切りが生んでいるものです。仕切りを省いた時に思考に柔軟性が生まれ、展開に自由度が生ずるというのは何事においても明らかなことです。あまり気にしない方がよろしいかと思います。

 大切なのは許容範囲内で(苦笑)、相手を理解する心でしょうし。
 許容範囲を逸脱すると人は心を病むので、無理はいけません。
 ですがそれはまた別な問題なのでここまで。

 

 個人的な話ですが、私の好きな同人作家さんで、医学系の研究職をされている方がいらっしゃいます。いつも「自分はできないできない」と絵だの文章だのについて自責されていますが、客観的にはそんなことは全くありません。その作家さんの本はいつ読んでもその時点でのベストが出ていると読者の私は思います。

 また、本を読むことで文章に明るくなるかというと、そうでもありません。読書家を自称する人ほど紡ぐ言葉は意外と凡庸です。

 なんか自慢話のようで申し訳ないのですが、私は実は活字アレルギーというか「他人の言い回しを取り込みたくない」という理由で文章にあまり触れずに過ごしてきた奴です。読む本はもっぱら図鑑でした。そんな私ですが一応高校時代、小論文模試に限って(笑)都内有名医大を候補に書いて楽勝でA判定を取る程度の文章力が既にありました。開始から持ち時間の1/4しか使わず退室の、自分では駄文評価の内容でそのくらいです。順位を見て苦笑いでした。当然小論文の練習なんて一度もしたことはありません。今まで書いたものは全て、何かの試験の時の一発書きだけです。(「武蔵野線の姉妹」風に言うと「ごめーん活字嫌いがこんなの書いちゃった☆」てなノリで)
 しかしそれでも私もまた、その時からさらに倍近い歳を重ねた今でも、自分のブログの雑文っぷりにガッカリしっぱなしです。出版社さんのお手伝いをした時の原稿、恥ずかしくて読めませんし;。

 偉い作家先生が作中「向上心のないものは馬鹿だ」と綴っておられました。最終的にはそのあたりに行き着くのかもしれません。自身を磨くために興味のあることに情熱を注いでいれば、例えば文理といった区別(ないし、しがらみ)から自然と外れることができるのではないでしょうか。かくありたいし、かくあるべきと思います。

 

 オチとして「でもぬまにゃんは長文ばっかだよね、もっと短くまとまらないの?」というのがあります(笑)。小論文は文字数ぴったりにまとめる私ですが、好きに書いていいなら好きなだけ書くのが悪い癖なのは自分でもわかってるんですが;

 なので最近はTwitterがお気に入りであると。そういうわけです。

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