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2009年6月 3日 (水)

遡れば森林の保全まで行くわけですが。

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 もちろんあります。外来種駆逐は勿論として、外来種拡散に荷担した人間を罰する法律のさらなる厳罰化など、やるべきことは普遍的に言われる生き物、の範囲でも多数あります。

 生物が棲む環境に必ず結びつくものに植物の植生環境があるわけですが、日本は山林の資源化のために天然の広葉樹林の多くを針葉樹林(主に杉)に変えました。これは絶対に行ってはいけないことでした。針葉樹林は広葉樹林と比べると他の生物の生活環境として良くない上に、山林全体として見た場合、雨水等の貯水及び浄化能力ではるかに劣ります。

 私の母方の宗家は神社ですが、戦中戦後に山林を杉に変更して以降、由緒ある境内の泉がすっかり澱んでしまいました。以前は飲んでも大丈夫な水だったそうですが、現状完全に水が腐っています。ただの水溜まり。周辺の土も乾燥気味です。

 八ヶ岳に仕事の手伝いで行った時、日本野鳥の会の柳生博会長がご自身で針葉樹林を切り開いて白樺を主体とした広葉樹林に戻した現場(それが八ヶ岳倶楽部です)を拝見して、二十年あれば針葉樹林を広葉樹林に戻せることを知りました。周囲の針葉樹林では殆ど見ない野鳥が、八ヶ岳倶楽部の森にはたくさんやってきます。

 宗家の山でも同じ事ができると思っています。現在その山の森林管理をしているのは叔父なので、説得して少しずつ植え替えができれば、と思っています。私は老い先がそれほど長くない筈なので(宗家の血筋を強く引き継いでいるほど、男性は短命です)、なるべく急がないと結果を見られないかもしれません。

 本来の原生林というのはこの地区では針葉樹ではありません(北上山地や隣県の白神山地などが好例です)。人間の欲に由来する環境を払拭し、動物たちに環境を返してやるのも務めだと思っています。

 また、理由の如何を問わず休耕田が発生した場合は、そこでもう農業をしないなら小規模な森林にして、二度と開発をしないように固定してしまう、というのもやりたいところです。土地があれば人間のもの、という考え方、それに由来する不必要な開拓が現在の不幸な日本の自然が構築されたきっかけだと思っているので。可能なら耕作放棄した土地は買い取って、地目を農地から山林・原野に戻したいと思っています。一度更地にして放置すれば、数十年後に原野に戻るというのは、私がロシアの南クリルで見た自然の強さ、美しさの一端でした。管理が必要というのは人間のお節介かもしれませんね。

 森が蘇り、内水領域が浄化され、その中に多くの生物が集う。それが私の目指す理想の環境です。人は人のエリアで寄り添って暮らすべきであり、先祖代々という言葉に縛られて人里離れた土地を占拠し続けるというのは贅沢を通り越して傲慢だとまで思います。数百年続いた資本主義社会も終焉を迎えたことだし、人という種はもっと謙虚になるべきでは。

 ところで鯨の個体数問題が情報操作と言っている皆さんの情報ソースは何処で、その信憑性の根拠はどこにあるのでしょう?

 生物の個体数調査の結果は政治的にいくらでも塗り替えられるデータの一つです。自身で調査に携わったのでもない限り、余計なことを言うべきではないと思いますが。これは情報の正誤に関わりありません。伝聞はすべからく嘘である可能性を疑うべきであり、他の調査結果が作為的と感じたからと言って自分寄りの人間が出したデータを鵜呑みにするのは愚の骨頂であると考えます。当事者含め専門家に任せるべき分野のことで、素人は傍観すべきでしょう。これは歴史認識についても言えることですが。

 私は鯨の件についてはどちらの味方もしません。
 ただ、鯨を食わないと死ぬどころか、この国の食糧資源はマクロ視点では完全に飽和状態である、という絶対的事実が存在し、製造された食品がかなりの率で破棄されている事実も見逃してはいけないと思います。
 捕鯨容認派の発言には鎖国原理主義的な部分を感じます。規制がなければ逆に捕鯨しないのではと思うほどで。

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