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2009年5月 7日 (木)

その前にじゃじゃ麺の発祥の地を明らかにせねば。

コネタマ参加中: “MADE IN 我が家” 自家製しちゃうものを教えて

 最近わりと全国的に中華系の麺類扱ってるお店でじゃじゃ麺ないしそのモドキ名称の肉味噌のっかったうどんを見ますが、あれは元々盛岡市にある「白龍(パイロン)」の初代が考案したものです。最近比較的フォーマットとしてまとまったものの、それ以前は名前だけ一緒で味とかてんでばらばらだったのには理由があって、初代の大将(故人です)がレシピを門外不出としていたから。それでも盛岡市を中心に大変人気があったので、パクリを試みる者続出だったわけです。でも実際には要である肉味噌に入ってるものの種類がとんでもないので、とても想像で味を出せる代物ではありません。当時の白龍はじゃじゃ麺とチータンタン、そして餃子だけのお店でした。

 普及が始まったのは初代が亡くなられてからです。女将さんが積極的にレシピ公開をして、盛岡の文化として守っていこうということで運動を始めてから、きちんとしたじゃじゃ麺が食べられるお店が急に増えました。今では本家より上の店も出てきてます。本家は味の工夫をしてないし(先代のレシピ通り)、今では餃子もやってない。映画館通り裏にある専門店が評価が高いと聞きます。

 で、今回のテーマに繋がるわけですが、うちの親父は仕事柄人と積極的に話し、うちとける人です。それはプライベートでも同じなので、ただでさえ選挙屋という仕事で膨大な人脈があるとこ、個人でも妙な人脈を多数持ってます。その中の一人に、白龍の初代大将がいらっしゃったのです。

 その縁で、白龍のじゃじゃ味噌のレシピは、初代が生きてらっしゃるうち(白龍以外であの味が出なかったと言われていた頃)からうちにありました。多分白龍以外で正しいじゃじゃ味噌を作れたのは当時うちの親父だけだったと思います。料理人ではないのでうちに遊びに来た人や両親の友人あたりしかそれを知る人はいませんでしたが。

 今では両親揃って作るようになり、両親それぞれに長く工夫を重ねてるので、お世辞かもしれませんが、お裾分けした先の皆さんから「現存するどの店よりも味がいい」という評価を頂いてます。売ってませんが(笑)。

 大変な頑固者だったと聞く白龍初代がその秘密を明かした経緯は不明ですが、たまに親父が化物だと思うことは確かです。

 両親が作れるとはいえ共にそろそろ高齢ですから、作り方聞いておくべきなのかなと思いつつも、私は料理をほとんどしないので;途絶える可能性が今のところ高いです。

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