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2009年1月24日 (土)

フィギュアとドールの違いは…

 写真とビデオの違いだとなんとなく思いました。

 グッスマのセイバーリリィさんを見たせいなんですが;

 ドールは基本布服ですから、同じような衣装のはためきは動的に起きる可能性はあります。でもそれを固定してしまうとそれはドールではなくなってしまう。このセイバーさんの衣装の躍動感は本当に凄くて、違和感ぜんぜんなしできちんと重力と慣性の存在を感じます。

 そして、ベストな瞬間として切り取ってあるところが素晴らしい。三次元で初めて説得力を生む部分の時間を止めてある。
 写真左側(本体右)のスカート外側のピンク色の花びら状の布が、何枚かの中で1枚だけ極端に曲がってるとこがとんでもないですよ;造型師さんは実際に布で試作したんじゃないかと思うほど。水銀燈ドレスもこういう構造ですが、ああいう外布って不意に曲がります。布それぞれの重さまで考えたんだろうなぁと。
 ここまで派手なポーズでもボーンに破綻がないとこもなんか凄いです;。

 なんとなくセイバーリリィさん、年内にボークスがDDで出す気がするのですが、ここまでの出来にならないだろうなぁと。所有の満足感は価格じゃないので、動くと嬉しいけどこうも綺麗にやってしまわれると「お手本を超えられない」がっかりが生まれるかもしれません。(翠星石で一番持ってて嬉しいのがWAVEのフィギュアで公式SDでないのと似た感覚)

 これは完成品フィギュアだから限界がありますが、キャストキットなら衣装のテクスチャの質感まで再現できるのだろうなぁと思うと、なおのこと恐ろしいです。
 久々に脱帽しました;いやはや、これはもう凄いとしか言いようがない。

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コメント

 まあ至極当然と予約済な訳ですがw

昔から今日まで、ダイナミズムと言う点では固定モデルに敵う造形物は存在していないと思います。
ドールは”人を模したもの”であって第三者的な力でもってそこに”居る”ことは出来ても主観的な意思で”主張”することが出来難い存在であるのに対しフィギュアはその意思主張の瞬間で空気感も含めてそこに”ある”もの、とでも言えばいいのかしらん。
ナウシカの蟲使いのダイオラマがいまだガレキの傑作と言われるのは無いはずのもの(空気)がそこに実在するというそういうところであったろうし。このセイバーも然り。

写真とビデオの違いってのも合ってる様であってないのは文中で語られてる通りフィギュアは様々な角度から見て触って確かめられる為だし。

ハナシを戻すととドールは人を模したものであるが故に所有者(とここではしておきます;)の鏡としてキャラクターの今を映し出すもので、フィギュアはそのキャラクターを過去形で体現するもの、と言えばむしろフィギュアは写真でありビデオでドールは絵日記、みたいに見えません?w

それはそれとしてどないしますのん?<にがつまぢか

投稿: c | 2009年1月24日 (土) 22時30分

ドールでもDDやEBみたいなちゃんとした関節(ある意味ロボット的な)を持つものは所有者の技量でそれこそフィギュアを凌駕する「主観的な主張」を行うことは可能ですが、ぶっちゃけそれできるクラスの人って衣装か顔かどっちかやってる人すなわち神クラスなので(笑)、パッシブに文化に身を置いているだけだとその通りになりますな。(一度ミミコ先生の作品をポーズ込みで見てほしいとこではある)一回のドールイベントで1体は(あれだけいても片手超える事は少ない)そういうの出てきます。
ちょっと脱線してドールの中での違いになるけども、SDは存在感萌えDDは仕草萌えと全然方向性が違うのです。どっちも動くけど動き方がぜんぜん違うから。

全角度ビューだからビデオというのは私の主観とは異なる感じですな。フルアラウンドできても時間軸が固定された時点でそれは写真。不変なもの永遠なもの。
ドールがビデオなのは形態がどうあれ同じ瞬間が二度なくて、存在する間(余程慎重にディスプレイしたのでも無いかぎりは)変化を続けるもので、故にビデオです。
「瞬間を切り取る」ことの凄さは、人物写真家さんの写真集見るとわかりますが、フィギュアはあのニュアンスなんですよ。私の中で。←でもなんでもいいわけじゃないぞ(笑)駄作も多いし、ただキャラなだけなものが大半だし。

 二次的なイマジネーションがドールの特徴と言えると思うけど、なんか形容するにもっといいものないかな(笑)、ドールはオーナーとともに成長するもので、完成形を持たないというのが私の印象なのだけども。

 瞬間切り取りでないその他の立体の処遇にちょっと困ったね(笑)。魂SPECのバリグナーを見ながらちと思った。可動部位があるものはくくりがややこしいかもしれない。
 完成品でもう動かなければ、それがミニカーであれ航空機模型であれ、私の主観では写真かなー。静的再現度が高いほどに。

 でも世の中には本当にエンジンかかっちゃうフェラーリの1/3作っちゃうキチ…ゲフンゴフン。天才いるからね;(それだけでフェラーリにスカウトされて入社しちゃったそうな>その人)それのくくりもよくわからない。

 とりあえずは瞬間切り取りであるという部分をしてのカメラであるという主旨を理解してもらえると。

 サークルカットの件はみくしのメッセでw

投稿: ぬまにゃん | 2009年1月24日 (土) 23時32分

 んーコメントとか前文をワタシなりに解釈・理解した上での「過去形」としての写真・ビデオであり「今、現在進行形」としての日記としたのだけど、上手く伝わらないもんでw
(今は全然ですが、一応写真部だったんですよー;)

>DDやEBみたいなちゃんとした関節(ある意味ロボット的な)
 ここちょっと書き忘れてたところであるんだけど原型師もしくは所有者の技量に基づく主観的な主張は確かにそうなのだけど、それはあくまでキャラを模したものであって自律ではないからワタシの中ではどうにも「違うモノ」なのよね(それこそそれ以上はン世代的ロボットになってしまうような)。

>ミニカーであれ航空機模型であれ
 存在する”だけ”ならそれは単なる縮尺模型w
バリグナーはワタシの中では結果的に存在悪(こうなるとドット絵もポリ表現に取って代わらざるを得ないジャン的な)。

投稿: c | 2009年1月25日 (日) 00時30分

ものじゃないのかもしれない。>ドール
オーナーが関わらなければ変化のないもの、と思っていたけど、深く足突っ込むとそうじゃないことがわかるのですよ;
シゲ哲学を崇拝してはいませんし、お迎えセレモニーはひきましたが(笑)、Vが言わんとしてることはわからんでもないです。

ドールと言ってもキャラドールだけではないから(笑)、ドールの場合は出荷段階で結論に達してはいないのだと思います。私は版権つきの子買わないのでなおさらそう思うし。仕草の付け方は全くのオリジナルで、何かの真似じゃあないですよ。オリジナルがあるとすれば、それは実物の女の子です。何処の誰かもわからない。

今回のリリィさんはほとんど造型師さんのオリジナル解釈で(設定ぜんぜんちゃうよ;パケ絵参照)素晴らしいけど忠実性という意味合いでは違うわけで、でも否定の理由には少なくとも私はならなかったから(何せ原作にそう詳しいわけじゃない)違和感の感じ方は人それぞれなんじゃないかなぁ。
コスプレ ホドジャ ナイヨ?

そこまで酷い状態じゃないと思う(笑)>ドット絵もポリ絵に
せいぜいHDリマスタリング程度だと。レゾリューションが上がってるだけ。軸はずれてないと思うけどなぁ。
それ言っちゃうとマシンロボシリーズ全否定になっちゃう;格好良く描けるなら描いていいと思うし、それを立体にするのもそれこそ上記リリィの原型師さんの方法論と同じで「単にベストを尽くす」だと思うけどなぁ。

ぶっちゃけまかでみってそういう番組だったじゃん;
勿論それだけではなかったけども。

投稿: ぬまにゃん | 2009年1月25日 (日) 01時45分

 なんかワタシの文章が下手なだけで全然伝わらないのだけはわかったのですよ(時間ないのでとりあえずこれだけ

投稿: c | 2009年1月25日 (日) 08時10分

いやいや私の読解力に問題が。
調子悪いのでとりあえずこれだけ。

投稿: ぬまにゃん | 2009年1月25日 (日) 15時12分

私のドールとフィギュアの基準は、飾って愛でるのがフィギュアで、抱いて愛でるのがドールです。

投稿: みんへる | 2009年1月25日 (日) 19時24分

 楽な部分だけ端折った節を補完

こうなる(大張的なケレン味・個性的なモノを平然出される)と(その他凡庸な)ドット絵も(会社的に平均に美麗な)ポリ表現に取って代わらざるを得ないジャン的な

 あくまでオオバリ以降のハナシで別にバリ否定ではにゃいです。個人的には100%ムックの逆シャアのνガンイラスト見て流石に飽きましたけど(個性もここまで押し売られるとなあ)マッチョメカならむしろマシンロボや勇者ロボは適役と思いますよ(マシンは圏外なので未見)
後、バリグナーの立体は当時のHJやプレゼントキャンペーンので結構見たのでワタシは普通のが欲しいです(ギガノスの蒼き鷹は圧倒的にバリ支持だけどねw)。それよりいい加減ゲイザムかギルガザムネ出しておくれよう;

投稿: c | 2009年1月25日 (日) 19時26分

>みんへるさん
 Σ( ̄□ ̄;!ソレダ!!
 1/6っ子を手のひらに座らせたりMSDっ子を抱っこしたりと!あぁ今頭の中でトータス松本が「そ~れが答~えだ♪」と熱唱しております。
 というわけでみんへるさんには是非イベント会場で娘だっこをして頂きたい!(笑)みなみけ三女あたりを!
 みんへるさんの風貌だとMDDっ子抱っこすると優しいパパに見えると思いますいやほんと。

 そうだなぁ幸福感が原点でドールにこけた気がするのにそのことをすっかり忘れていたような。当たり前になると素晴らしいことに気づけないというのはベタながら真実ですね~;いかんいかん。

>きゃぷてん
 というわけでうちの娘をだっこしてみないか!(マテ

 D-1に関しては「あえて見逃すべき」なんじゃないかと。一定期間リアルロボが途絶えるきっかけになった作品で、唯一求心力を持って迎えられたのがいわゆるOPシルエットだったわけで、あそこで着目されてなきゃ多分打ち切りだっただろうし。しかもドラグナーの話題はしようとしても狭いので(笑)、当時を知っててBクラブのコンバージョンパーツでどうこうを覚えてる人って絶滅危惧種であるよ?それは私はかなり個人的な愚痴として聞き流すことにする。
 目を瞑る自由はカスタマーの方にあったわけだしね。

 で、普通のも出てるのだけどあれ欲しい?;>魂スペックD-1キャバリアーつき
 なんのかんの言ってもあの時期の大河原メカって設定通りに作画されたためし無いと思うんだよね;絶対外連味で味付けされてるでしょ。レイズナーとかその最たるものな気が。元を否定してるわけじゃないのだから(元がないとできないのだから)原画さんの裁量で(大張氏はたまたま名前出てるけど)モディファイかけるのは普通だったんじゃないかなぁ。

騒ぎすぎただけで普通のことだったような。スパロボで再脚光浴びて2009年現在にアレが手に入るのはいいことだと思うよ。リアルロボ界隈におけるミッシングリンクだったわけで。DVDすら出てなかったとこスパロボ後にDVD出るという「おいおい本当にサンライズ作品か;」状態だったんだもの。

さておきギルガサムネは微妙だけどwゲイザムあってもいいよねぇ。当時オトナの事情で諦めたものがいい感じで発酵して旬になってるのわりと多いと思うのだけども。凄くイロモノだったグンジェム隊メカって今見ると意外と。ダインはOPシルエットっぽさ欲しいけど、ゲバイがそのままでも相当かっこいい気が。

話はずれたけどもとりあえずドラグナー続けてほしいなぁと思うよ>立体化 小さいのでもいいから。

瞬間と絵師と原型師の裁量という話をすると、傑作たるナウシカの原点たぶん金田伊功氏の超デフォルメ作画ではないかと;違う?金田さんの絵に至っては原型とどめてないわけで、むしろあっちから立体起こす方が独自裁量だったんじゃないかなー;ダイナミズムを想起するきっかけが元絵からかけ離れてる、でも別にそれを悪く言わない、同じ事だから(今に至るまで傑作と言われる立体のだいたいは)、という事で、どうどうめぐりな気もするなぁ。二次では内面(抽象的)で済んでたとこを三次にするにあたって写実的にブラッシュアップするという行程があって、そこに原型師の資質があるんでしょうけども。>あの手のもの

投稿: ぬまにゃん | 2009年1月25日 (日) 21時27分

 ごめん、決定的に噛合ってない最たる部分が、ワタシが安易に広義的にキャラと書いたことだったのを訂正し忘れてたことだったのを改めて思い出した。

金田さん云々は書くとややこしくなるから書かなかったけど、そこもある。けどそもそもそういう意味の”キャラ”として書いた文章じゃなかったから色々混ざっちゃったようです。

投稿: c | 2009年1月25日 (日) 21時55分

ああいや、横道とはいえメカ描写(アニメにおいて3Dが多用されるより前の、手描き的な)はちょうど凄く気になっていた話題だったので、こういう反応は変だけど面白かったし(笑)。

このアニメの何話のこういう作画がアツかった、とか検証するのは3Dに逃げる最近のアニメを戒める意味でやってみたい気が凄くするよ。いっつもいいわけじゃなくて、突発的でしょ、ああいうの。

結局はアニメーターの独りよがりなのかもしれないけど、メカものでメカをやるのはいいよ。愛がある。

ただ、子供の頃好きだったうる星やつらは今見るとちょっと。特に押井がらみの回は。

まあぶれたらぶれたなりにいろいろ考えるきっかけにはなるので(笑)、いろいろ書かせてもらって逆に感謝ですよ。

投稿: ぬまにゃん | 2009年1月25日 (日) 23時06分

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