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2008年9月27日 (土)

川や海で大きな魚が泳いでいるのを見ると…

 それだけでなんかときめくものないです?
 釣っちゃいけない魚でも、見てるとわくわくしますよ~。

 というわけで今年も盛岡のど真ん中を流れる中津川(市役所の裏とか通ります)に、鮭が帰ってきました。清流の浅瀬(たぶん県庁所在地流れる川で、盛岡の中津川は一番綺麗なのではないかと)で少し窮屈そうに、たまに背中を見せながら泳ぐ姿は迫力あります。

 中津川に遡上する鮭は、一度北上川の河口まで海を南下してから遡上するので、なんと200kmも川を遡ってきています。県民としてちょっと自慢なのですが、鮭が遡上する川は全国にありそう珍しくありません。しかし、「天然物の鮭が自然繁殖している川」は、中津川の他に北海道にたった1つ、ようするに日本に2つしかないのだそうです。

 今はまだ元気に泳いでいます、魚体もまだとてもきれいですが、これから彼らは「帰ってくる理由」であるところの「産卵と受精」をしなければなりません。川底の砂利はあまり細かくないので、目に見えて魚体が傷ついていくのがわかります。放流分もあるので結構な数の鮭が毎年帰ってきてくれますが、彼らが使命を終えた後の姿は、結構悲壮です。傷だらけ。やがて命が終わるのを待つだけで、淵のあたりでゆっくり流れにだけペースを合わせて泳ぐようになります。そして…。

 一度、確か盛岡市議会で出た話ですが、景観を維持する意味で死骸を撤去するべきではという案が出されたと記憶しています。結局は市民の意見に後押しされてそれは撤回されたはずです。毎年、一見悲しい光景が晩秋の盛岡では見られます。でも。

 盛岡の人たちはその姿を「単に悲しいもの」や、増して「川を汚すもの」として見ていません。向けられているのはねぎらいの視線です。あるいは、かくありたいという視線かもしれません。人のルールで彼らを縛らない盛岡の皆さんが私は好きです。(隣村の住民なので私は今は盛岡とは一応無関係)

 死骸はいつの間にか無くなっています。他に豊かな命がある証拠です。(小さい魚たちや川に住むさまざまな生き物の糧になって、ゆっくり分解されていきます。あるいは陸の生き物が頑張って引っ張り上げて土に返していることもあります)

 私たちは毎年この時期、こうして生きることの意味をしばし考えます。
 答えは各々に違うのだと思います、でもこうして懸命に生きて、死んでいく彼らがきちんと後に残していくさまざまなものに意味を感じている点では、おそらく共通していると思います。

 ここより出でて、ここに至れなかった鮭たちもたくさんいるはずなんです。結構な数帰ってくるので見逃してしまいそうですが。そんな中、ゴールにたどり着いて、きちんと役目を果たして、他の生物の糧となりながら静かに地と水に還っていく。幸福だと思います。

 ふと、先日話題にしたとある作品の事を思い出します。
 ああ、なるほど。妙に納得した気分に。

 自然から学ぶことは多いです、紛う事なき現実で、命の意味を学べるのですから、この土地の人々は幸せかもしれません。時の権力者に常に冷遇された歴史があったとしてもなお。自殺率が高い県ですが、それは生命として自然なことなのかもしれません。境遇に対する反応として、本来当たり前のことが起きているのかも。

 いろんな事を考えながら、今年も鮭を見ます。通院している大学病院から数分歩けば、もう橋の上から見ることができるので。同じように鮭を見る人の顔や言葉も、こっそり楽しみにしていることです。

 もし何かでこの都市から人が消え去っても、この川と生き物たちには変わらずいてほしいと思います。

 ところで、地球温暖化で海水温が上昇し、魚類の生息域に変化が出ていることが懸案事項になっていますが、ここ数年鮭の様子もおかしいです。

 遡上しないはずの(放流を行っていない)川に鮭が遡上したり、河口がない漁港に鮭が遡上しようとして行き止まりになって大量死したり。

 幸い養殖物とわかるものなので天然種は護られているという点で不安はないですが、それにしても、繁殖のできない場所でただ力尽きる様子は、表面的には川の豊かさを感じさせるもののどうも不安を感じさせます。鮭が遡上場所を選ぶ根拠は特定されたかのようで意外と特定されていなかったりします。ごく最近川の臭いと結論づけた研究機関がありましたが、それでは今県内各地で起きている「非放流河川への鮭の遡上」に説明がつきません。

 私たちが気づかない部分で、太平洋をぐるりと回ってきた彼らが、最期の地でミスをするような異常が起きている。彼らは何かを伝えようとしているのでは?

 実は歩いて2~3分の川にまで鮭が遡上するようになって3年ほどになります。ここに来た時にはいませんでした。それがその決して大きくない川を経て、近所の用水路レベルの細い川にまで入り込もうとしてきています。

 どうなってるんでしょうね、この星は。

 

 ちなみに河口の無い漁港で行き場を失った鮭は力尽きて沈み、旬を迎えるチカ(ワカサギの親戚みたいなもんだと思ってもらえれば)の餌になっています。海底に横たわる鮭に群がるチカの姿に若干恐怖を覚えます…と同時に、そっちで餌が満たされてしまうのでその場所のチカはぜんぜん釣れなくて困ります(苦笑)。夕飯は唐揚げの筈だったのに!と。

 盛岡ゆかりの人物に金田一京助先生がいらっしゃいますが、先生がアイヌ文化を研究するにあたり実際に交流された時の話で、鮭に関する話が出てきます。アイヌ民族の皆さんがどれほど義に篤いのかがわかる、胸を打たれるエピソードです。書籍化されていないかもしれませんが(私は盛岡市の先人記念館の企画展で知りました)興味のある方は調べてみるとよろしいかもしれません。私が倭人を嫌う理由のヒントが若干隠れています。

 

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