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2008年8月11日 (月)

ブロペのテーマに回答不能な日の雑記。

 ちらっと書いてましたが、先週の金曜日にうちの犬が突然下半身不随状態になりまして。翌日朝すぐに病院に行ったら椎間板ヘルニアによる神経の損傷が原因であるということになり、即日手術してこれから毎日点滴に通うことになりました。一ヶ月ほど経たないと回復の見込みがわからないらしいのですが、下半身不随ということで便の類が止められない状況で、最初だいぶ苦労しました。しかし昨日の治療の後若干下半身を気にする仕草を見せるようになってきたので、少しずつ神経が回復しているのかもしれません。

 下半身を引きずって前足だけで懸命に歩く姿が、10年間病気をせずに生きてきた子と思えないほど痛々しいですが、生への意欲は私よりずっと強いようです。病院に行く前、真剣にお別れを覚悟しました(あまりに酷い状況だったので)。でもあの子には使命感があるようなのです。自分がいなくなると私の両親が急に老け込むだろうとなんとなくわかっているのでしょう。べったりでしたから。実際、母は大丈夫だと思うのですが、親父は弱ってる心臓をますます悪くするだろうと思いますし。

 犬の看病疲れで親父が倒れかけてます。母一人で動物病院に連れて行くのは無理なので、祖母か私の出番もあるでしょう。両親とも倒れたら…それは家畜という存在として本末転倒になってしまうので、苦渋の決断をせざるを得ないかもしれません。そうならないで欲しいと祈るばかりです。

 

 コミケ準備会から緊急のお達しが。
 逆にサイトサーバーの過剰負荷に陥ったようなのでうちからはリンクしませんが、入場者の手荷物検査を行うとのこと。禁止のものは(お土産のお酒以外は)もともと持ち込んでいなかったので、差し入れをどうするか頭を悩ます程度で済んではいますが、どうにもタイミングが。脅迫の類は先週のエスカレーターの件に関係なくずっとあった事で、それならもっと早く連絡すればいいのに、と思いましたし、私感では脅迫に屈してしまうのは逆効果と感じます。犯人逮捕のきっかけを失うわけですから。(何も起きない、に賭けてもいいくらいですが)しかし手荷物検査は最近は集客力の大きいイベントでは当たり前になりつつあります。モーターショーでも昨年から厳重に行われるようになりましたし。犯罪者によって被害がもたらされた場合、運営に非があるなしに関係なく当局が動くのは当然のことで、本来ならもっと早くに「連携」ができていなければおかしかったとさえ思いますが。(経緯の問題もありますが、「当局」という呼び方をしている時点で…うーん。警視庁と呼ぶべきですよね。我々参加者も準備会も、犯罪者集団ではありません。誤認逮捕があれば法の場で一般社会と同様に司法判断を受けるのが当然)

 入場者事前登録制にしてしまえばいいのではと思います、カタログに登録申請用紙をつける形で。全員購入になれば多少利益出るでしょうから、そのための経費も捻出できるでしょう。「どこが目当てでどこから入場したい」を事前に明確にできれば入場口の分散が可能で若干ですが待機列を短縮できそうですし、ご時世で嫌われる原因になっている「青年向け」のゾーニング及び販売対象年齢のチェックにも役立つでしょう。

 日本国内において、単日に特定面積に最大の人数を集めるイベントかもしれないコミケというイベントは、3日間有明ににわかに自治体が構築されると言っても過言でないほど多種多様な人が集います。コンテンツビジネスに関わる人間が仕事で来たりもしているので、もう単に「アマチュアの即売会」という視点で見ることはできないのでしょう。何らかのパラダイムシフトを模索する段階だと思います。

 先週の件を私はマスコミポジティブで捉えています。こちら側の文化圏で、被害妄想気味な自己隔離の連鎖が発生したのを強く感じました。岡田斗司夫が言えばなんでも真実ですか?物事のとらえ方において今ほど「自分を疑わない状態」に陥っている同族を過去に見たことがないです。もはやサブカルチャーではない、文化の本流の一つなのに、何故かその状況に逆行して思想的に囲い込みを自ら行っている。激しく疑問です。今の人数、そして人材がいれば、それこそあのくらいの人が王を名乗るまでもなく(今や名ばかりとはよく聞く話>オタキング)文化として正当化するアプローチを行うに十分な力がある筈なのに。

 精神的鎖国という言葉を私は日本人に対して何度か使っていますが(私も日本人ですが倭人という自覚は皆無なので客観的に見てます)その典型的状況がこの文化圏で起きている。そう思います。もっとオープンでいいのでは。隠すから暴きたがるのが外側です。隠してなければ気にもとめないでしょう。実際そういう空気がここ15年で非常に顕著。歩み寄るのはあちらで、こちらからすることは無い、という事なら、G8で最低とされる外交筋と考え方としては全く同じ。言いたくないけど「やっぱり倭人は倭人止まり?」と思ってしまいます。

 しかし心情的には、私も準備会や参加サークルの皆さん、そして会場で助けて下さったことのある参加者さん、サークルの常連さんや賛同者さん(あえてお客さんとは呼びません)への大義に酬いたい一人です。昨年の夏命を救って頂いた恩は生涯忘れませんし、準備会の皆さんの協力要請であるなら最上に近いプライオリティで喜んでお受けします。

「安全と平和を」※

 常に念頭に置いていることですが、次の週末3日間は特に意識し、尽力する意向です。

※ビデオゲーム『アサシンズクリード』における重要な台詞。

 サイトが某匿名掲示板に晒されるなど最近あまりポジティブイメージが無かったネット界隈ですが、有料会員になるわけでもなくゆるーく参加しているサービスに「コレピク」というのがありまして、昨日そちらでアイテムの交換を盛んにしてらっしゃる方に質問をしてみたら、とても丁寧に、かつ詳細に解説をして下さいました。これまで疑問に思っていたことが氷解して、大変ありがたかったです。声をかけてみる勇気の大切さ、そして基本的には社会は情の上で動いていることを強く認識した一日でした。ネガティブに転じかけていた自分を恥じました。

 また、ソウルキャリバーIVで実績解除のためにランクマッチを連戦したときに諸外国の皆さんのマナーの悪さに猛烈に辟易したのですが(ずっとこちらに「You are fool.」とだけ言い続ける子供、チートでキャラ改造を行うユーザー、不利になると躊躇無く回線切断するユーザーと酷い有様で、実績取るものの20分そこらで6人ものユーザーを通報する羽目になりました)、今日はプレイヤーマッチで部屋を選んで日本人部屋で久しぶりに会話を交えつつ楽しく遊びました。友人たちのキャラを見るのも楽しいのですが、やはり見知らぬ皆さんとその場限りの会話を楽しみつつ相手の腕前に感銘を受ける、といった楽しさは格別です。凄い人がいますよ、インパクト率がとんでもない上にわりとマイナーなキャラを完璧に使いこなしていたり。いろんな人に自分のキャラ見てもらって出てくる反応が参考になったりもしますよね。

 今までLIVEのフレンド登録は仲間内に絞ってたんですが、ソウルキャリバーIVを音声付きで対戦できる仲間は進んで登録しよう、という気になったので(フレンドの管理機能が向上するようで、もしかしたらグループ化が可能になるかもしれませんし)今日からはそうしています。ヘッドセットつきでキャリバーIVやってる方、Numanyanというゲーマータグを見かけたら是非声かけてやって下さい。何人か集まったらボイス部屋立てましょう(笑)。

 

 まあいろいろと悲喜こもごもだなぁと思います。最近の私はそう大きくない振幅の中で生きていますが、仲間内だとてれさんとかKさんとか、話を聞いててこちらが辛いほどの方もいらっしゃいます。それでも皆、楽しいことを見つけて日々を過ごしてらっしゃる。
 ささやかでもどなたかの楽しいのきっかけになれるなら、それはとても幸せなことですね。

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コメント

>誰かの「楽しい」のきっかけになれるなら幸せ
そういうのを感じられるのはいいことですよねー。
私にも「話するの楽しいよ」と言ってくれる人がいますが、多忙ゆえに一方的にこっちが話しつづけて時間切れになってしまうのが悩み。
本当は自分の話を聞いて欲しいのに、そういうことをおくびに出さないのですごく罪悪感が。

毎回ゴメンネと思いつつ、また話したくなる寂しがり屋のウシな自分をどうしたもんだかと(苦笑)。

投稿: かとれいん | 2008年8月11日 (月) 10時48分

いやぁ、本当はもっと何かを動かすくらいのことをしてみたい気持ちもあるのですが、いかんせん立場や身体能力的に、それくらいが限界でして。
これすらできないようになったら、という恐怖感が常に付きまとっているのが本音です>誰かの楽しいのきっかけに

しかし最近ちょっとした出来事がありまして、聞いてもらっているだけの状況というのに微妙に不信感が生まれてしまいました。そこに何も生じないのなら、話すだけというのはお互いに不幸なのではと思ってしまって、ちと口が利けなくなった相手がいます。あからさまに聞き流されて一方的に切り上げられてぷちんと来たという単純なきっかけだったのですが(苦笑)。

幸せのお返しはしますが、不幸の仕返しはするのも嫌、というわけで、私がその人相手にだんまりの状態になって早一ヶ月です。何も変化がないところを見ると、相互に何にもなっていなかったのでしょう、その人との会話は。

いいことばかりではないです、極力いい足場を選んでいるつもりなのですが。

投稿: ぬまにゃん | 2008年8月12日 (火) 06時56分

このブログの記事を見る限りでは、元々の能力のポテンシャルが高くて羨ましいんですけど……。
その1%でも得られたらと、ついつい足繁くここに来てしまいます。

人と触れ合えなくなったら怖いのは私も同じです。
口では一人でも平気だといいつつ、裏で誰とも話さない状況を想像しては身震いが(笑)。
特に話をするだけ、聞いてもらっているだけの状況って不安定さを強く感じますよね。
先のコメントに書いた相手とは未だ言葉だけで繋がってる状態なので、向こうの本心は不明です。
お互い表情が見えないだけに、自分と話すことが相手にとって何かの足しになってるかが余計に気になります。

でも、それまでが無意味かと言えばそうじゃないと私は考えています。
話せて幸せだったのなら、それは「何かが生まれた」証。その人と知り合う前に比べて安らぎが得られたら、決して不幸じゃないと思うんですよ。
例え自分だけそう感じてて相互でなくても、本当に無意味なら最初から出会ってないはずです。

自分勝手だと分かっていますが、私にとってはどうしても繋ぎとめたい相手なので都合よく考えてしまいます。
願わくば相手もそうであって欲しいけど、相手が本心で疎ましく思ってるのなら気付いた時点でそっと離れる覚悟はいつでもあります。
それで相手が幸せになれるのなら構いません。
もしそうして離れても、大事な人だと思い続けることを許してくれたらと願います。
既に相手からそれだけのものをもらってきましたので。

相手の気持ちが分からないうちはお互いに不幸かどうかという決め付けはできませんし、そう捉えたくないから悩んでしまうものだと思いますよ。

投稿: かとれいん | 2008年8月12日 (火) 11時18分

ポテンシャルは、発揮されて初めて意味を持つ物です。どんな便利な道具でも、箱にしまってあるうちは不要品と同じ。
そして私は過去に数値として一応この能力に絶対的評価を得ているので、ポテンシャルに対する自覚は一応あります。上がたくさんいるとも思いますが。
しかしそのポテンシャルは箱の中です。関わった人にささやかなれど幸せをと思い発揮するのはまた別な能力で、拙いなれど一生懸命になってるが故に好意的に受け止めてもらっている類のものです。
その一生懸命を発揮するためには本来の能力を箱の中に突っ込んでおく欺瞞が必要なため、葛藤は常にあります。

かとれいんさんは私を買いかぶっておられると思います。相当に割り切った性格なので、過去云々は一切考えずに先の可能性だけで(自分に関わる)諸々は決定しています。脈がなくなったと感じたことに突然ピリオドを打つこともあるわけです。
(一番ピリオドを打ちたいのはそんなわけで自分自身ですが、今のところ自分が進んでアテになろうと思っていることはまだまだあるので、それはできません)
ココログで毎日書くようになってからでも、既に何人か断絶してますし。(本意でなかった方もいるのですが)

逆に、その「前しか見てない」をわかってて、大喧嘩したのに何度も帰ってきてくれている友人もいます。奴が一番私をわかっているかもしれない。
絶対的に一生嫌う理由が発生した(前例数件)のでなければ、新たに友として歩む道もまたあります。ただ、普通相手が嫌がるでしょう(苦笑)。世の中に人は溢れかえっていて、私のかわりはいくらでもいるのだから。

相当にめんどくさい奴なんで、なんかあったらまあアウト、みたいなとこがものすごくあります。相手にも感情あるわけで。そして私も追わないタイプだし。

平常心で物を考えているかも疑わしいですしね。それ故に緑の手帳に保護ないし拘束されているわけですから。

投稿: ぬまにゃん | 2008年8月13日 (水) 03時22分

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