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2008年3月14日 (金)

ごくシンプルなガソリン高に潜む危険モード

 ガソリンがレギュラー140円超えてから、あまり自分の車に乗らなくなりました。折角ETC車載器つけたのだし、少しくらいドライブに出たい気もするのですが、やっぱり気持ちの部分で結構な抑圧です。折角今シーズンはタイヤセットちゃんとスタッドレスにしたのに、3度程しか出番がありませんでした。今年は八幡平アスピーテラインの開通後一週間以内に行ってこようと思っているので、まだ意味がないわけではないですし、雪遊びがしたければ山の方に行けばまだ残ってる筈です。雨降りなのは同じですが。ああいかん話がずれてる。とにかく、ガソリンが高くなっている事で車から遠ざかってるのはまぎれもない事実です。

 来月のドールショウに行くための夜行バスのチケットを買いに、3kmほどの距離の場所にある県交通滝沢営業所まで雨の中久しぶりにビートを走らせました。一ヶ月くらい動かさなくても普通にエンジンかかってきれいに回るあたり流石ホンダエンジンです。ちとミッションの2速の当たりがミッションオイルがこなれるまでいまいちでしたが、程なく馴染みました。加減速ともにスムーズ。「こんなに楽しいのになぁ」と思うことしきりの道中でした。

 ただ、ちょっと運転がラフだなぁと自分でもわかりました。性能が上がっているとはいえアスファルト上のウエットコンディションでは今でもスタッドレスタイヤの性能は極端に低下します。(もちろん氷の上の方がはるかに低μなのですが、氷雪路の方だと滑ってもコントローラブルなのに対して、濡れたアスファルト上ではリカバリがしにくいです)どんなもんだろう?と思いながら運転していたら、交差点の右折、加速立ち上がりのシーンでリヤが抜けました(苦笑)。慣れた車ですから、どの程度のトルクで安定して立ち上がれるかは身体が覚えていてくれましたが(危ない思いして覚えた事だけは抜けない。一度は経験しないと身につかないこと)他の車だったらペダルワークしくって回ってたかもしれません。ビートはMRなので、曲げの角度が深く速度が速い状態ですっぽ抜けるとコマのように回ります。

 運転が危険な時期に安全に乗るノウハウは、実は乗り続けることです。短距離でもいいから毎日乗ること。地球に優しくないですが、ATやめてアイドリングストップ徹底するだけで多少マシになります。しかし、経済的な理由で乗り控えをしている人は結構多いと思います。暫定税率の話に決着がつくまで必要外な給油はしない、なんて人もいるかも。

 で、それで久しぶりに運転する機会になるであろう春の行楽シーズンに、慣れない運転をして事故多発、という状況が発生し得るわけですな。車の運転って余程ペーパーな人でない限り、基本的には楽しめるものだと思うのですが、楽しい事は久しぶりであるほどつい自分にリミットかけられないもんであると。なので春先によく高速道路でミニバンが水たまり踏んで違う形の何かとしてドライバーと融合した物体になったり、セダンが乾燥した一般道で対向車線にオーバースピードするわけでもなく一直線に突っ込んでトラックと正面衝突して鉄の塊の一部に蛋白質が混ざった物体に変貌したりするわけです。

(不思議なことに、スポーツカーはあまり事故例見ないです。好きで毎日乗るからだと思います。事故で有機物融合起こしてる時は、大抵飲酒運転です。それって死んでいい人なので。保険会社と巻き込まれた方お気の毒としか)

 そんな感じで、昨年来のガソリン高は「ドライバーの習熟や慣れを遅らせる、または鈍らせる」という効果を発揮し、乗らない以上事故は減るけど乗った人は事故りやすいという、いかにも数字のマジックで「ガソリン高が事故抑制に繋がったかのように見える」状況になってます。昨今の車は運転簡単ですしね。運転が簡単であるほど集中力は実は下がります。運転が難しい車だと周囲にまで注意力が及ばないとか言う向きもありますが、逆です。集中力が低下している状況だと、そもそも見られる筈の周囲を全く気にしませんから。(トラックドライバーに怖い思いさせられたとプンスカ怒ってる人をよく見ますし、一部そういう免許持つにはモラル不足な人間がいるのも事実ですが、彼らは恐怖感を与えるけど「当てない」でしょう?あの大きく乗用車と比べると鈍重な車体でも。あれは気にする部分が凄まじく多いためにアビオニクス稼働率が乗用車のドライバーよりはるかに高いから可能なのです。モラルはともかく、相応の免許を持ち、それで食ってるだけはあるってこと。乗用車で危険運転やってる連中は頻繁に事故ってるあたり、集中力差です)

 というわけで、乗る機会を奪う要因になっているガソリン高と、ちょうど直面した暫定税の期限。環境だけ考えれば話は簡単ですが、人命を考えるならアプローチは見直すべきだと思いますが?あの手の事柄に限らず、結果を発生させるのが人間という事を考えず、人を抜きにした部分での直接的な結果論でしか語られないあたり、どうも毎度思慮の浅さに頭が痛いな、と思うところです。

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