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2007年10月26日 (金)

自分を疑う努力、モード

 昨日から突然増えた某所からのアクセスですが、ブログ内検索でターゲットが何なのかおぼろげにわかりました。私はもう関わりたくないので(苦笑)、かの地のルールの通りにリンク先不干渉を貫いて下さっている閲覧者の皆さんに感謝です。さておき。

 メンタルヘルスが弱っている人間についての話を身近な専門家先生としていました。曰く、多くの場合メンヘル弱ってる人がダメージを受けた時の反応は大雑把に分けて2種類しかないのだとか。攻撃性の発揮、もしくは内に閉じこもる、のいずれかだそうです。

 後者さんは無害ですがある意味危険です。自殺未遂の経験がある方ならうなづかれると思いますが、自殺するする騒ぐ人はしません。本当にしようとする人は黙っていきなりやります。そのパターンになってしまいやすいのがダメージをこらえてしまう人。大抵、周囲は「素振りもなかった」と言う筈。当たり前です、それを演じているのだから。微妙な精神面のダウン状態を感じ取って、うち解けてフォローをするのが周囲の人間としては大事なことだと思います。見た目でたいしたことないと思っててある日突然、なんてのが最近多いみたいですし。(これ、やられた人が逆切れして「自殺は卑怯だ」とか言うから始末に悪いです;立派な権利ですよ、自殺だって。されたくなければされないように努力なさい>歪んだ道徳理念を盲信し自分を疑わない健常者たち)

 問題は前者。厄介です。なにせ発動理由が自己防衛ですから、攻撃に使われる言葉や行動に当事者は根拠を求めない。あるいは存在しない根拠を事実を曲げてでも捻出する。いや、これ冷静に対処すると自己矛盾はすぐ明かになって暫くするとヒステリーの極みになって自壊するか反転して重い鬱になるかどっちか(まあ、健常者には戻れないっぽい)で完結はするんですが;そこまでが。
 攻撃性をもって臨む場合、当然対象(そうなるに至った原因の人物に限らないのが厄介です)が存在します。で、攻撃された場合どうなるか。穏やかな健常者さん、ないし抑えを強力に行ってる障害者さんの場合は「流す」判断ができますが(でもそれで無事なのは攻撃される側だけ、してる側は行き場のない自尊心を咀嚼できず上記のように)、健常者さんでもそう穏やかでない人や、同様にメンヘル弱ってる人は、連鎖反応でふさぎ込むかまたは反撃をするか、というこれまた2択になるわけです;。ふさぎ込むタイプは下手すりゃその傍若無人の頭ごなし発言にすっかり諦めをつけてしまって溜めてることがあるとうっかり自殺しかねませんし、同様に攻撃反応を示すタイプは同じ事をしますから、泥沼になります。どっちかが潰れる、ないし絶対的な仲裁が入るまで収まりません。

 ぶっちゃけ結果がどうなろうと過程が迷惑であることに相違ないです。誤解を恐れずあえて泥を被る発言をすると、精神的にケアが必要な人物なら何をやってもいいかというとそんな事は決してありませんし、その類の人間の存在が鬱病患者を生み出すという悪循環も実際に事例として多数あります。(教育心理学分野で指導を行っていた教諭が鬱になって入院とか、結構聞きますね;入院するほどの鬱となると身体症状出てますから、完全回復結構厳しいかもしれない)さして重くもない精神病の患者が、自覚なくまわりを回復不能に追い込むケースもあるということで、まあストレートに言うと迷惑であると。(精神障害者として自己完結に努力しているつもりの人間としての発言です)

 5人に1人はメンタルヘルスにトラブルを抱えていると言われている上、特に強い攻性を示す統合失調が100人に3人の病と言われています。少ないように見えますが、たった1万人に300人もいると考えると、かなり恐ろしいです。しかも、病を自覚して通院しているのは、全体のうちほんのわずか(あれだけ精神科が混雑しててなお、です)。残りはどうなっているかというと…健常者のつもりで生活しているわけですよ;無自覚で。

 何かで揉めたら「自分は大丈夫なのか」と思うのは、社会に身を置くのであれば必須であるように思います。簡単にメンタルチェックができるセルフテストみたいなものが提供されていればいいのですが、そういうのあまり聞かないですし…現状は自分で自分を疑う他無いかもしれません。「前後の会話がなくいきなり知人に嫌われた」なんて例があった人は結構危ないです。それ、覚えていないだけで確実に何かしています。無意識の行動というのが最も怖い部分で、つまるところそこで異常が出ているということは…となります。

 渦中にあると思しいすっかり有名になった某ネットゲーマー氏は以前「(メンヘル関連で)病院に通っている」と発言していましたが、それでなおあれだけの迷惑を拡散して彼の名前で検索ドカドカ来るような事態にまで発展したのは、医師と家族の監督不行届もあるでしょうが、本人が自己否定から逃げ続けた結果でしょう。あってはならないことです。

 自殺を否定する人間に限って無意識に人に迷惑かけたり人の死を理不尽とかいう言葉で片付けたりするんですよね;いやそれ、もしかしたらあんたが殺してるし、という事例も少なくないです。病気を苦に、とかでもない限り、私個人の持論では自殺なんて言葉は本当はなくて、現実は「精神的他殺」だと思っていますから。刑事罰にならないので狙ってやってる人間もいそうですが(やっていると認めた人間が過去に身内にいましたね;その人物自身も最終的には家庭崩壊で荒みきって見た目も見る影無いほどヤレた上発作的ヒステリーの繰り返し状態になっていましたが…)多くは無意識でしょう。

 しかしまあ人間そんなに都合良くできていないもので、無意識で傷つけるなり殺っちゃうと表層では無関係を装いますが深層で罪悪感に苛まれます。そのギャップのストレスを埋めるためにまた別方向に攻撃的になる、の繰り返し。落ち着きのない悪循環に陥ります。

 自分にも返る言葉として言いますが、常に自己に客観性を、自分を疑う努力を、と言いたいです。自分本位で生きれば、必ずどこかでそのしわ寄せを受けている人間がいるものだと考えるべきでしょう。立場が上だからそれでいいとかいう問題ではありません。法の下で人間は平等ですから、民事で訴えられたら社会的地位を喪失しつつ一生賠償金払う羽目になる可能性だってあるのですから。

 基礎医療で20年、精神医療で30年諸外国に遅れるとされる日本ですが、現在その遅延を取り戻すのに政府がわりと必死です。お目こぼしが利かなくなるなるのも時間の問題かもしれません。ご油断なさらぬように。

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