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2007年9月24日 (月)

五日目、訪問団未だ解団せずモード

 JSTで4時半頃起きてシャワー浴びに行ったらもう起きてる人が何人かいて驚きでした。朝食が確かJST5時台、その後7時ちょい前にもう港に移動な筈だったので、自分の準備が一通り済んだとこで他の同室メンバーが二度寝しないようにサポート(笑)。朝日がきれいだったんでちょっと撮影に出たら、ちょうど佐藤先生が病院にS君を拾いに行くとこだってので挨拶。そしたら「昨日はありがとね~;助かったわ」と言われたので「自分何かあった時は世話になる筈だったんすから、気にしないで」と。「これから病院?船で合流ですか」と聞いたら「そうだねぇ、とりあえず運んですぐ根室港から救急車」と言われたので「次までに赤十字の救命の資格とっときます」と笑いながら言ったら「消防でもいいよ」と一応笑ってたので、なんとか落ち着いてくれたか、と。病院まで歩いていく先生と通訳さんを見送って、写真を何枚か。部屋に戻ると金谷君が「いい写真撮れました?」と。「もう(陽が)昇っちゃってたね」と答えて、さ、メシ食いに行こうか、ということに。

 カフェに向かう途中、お世話になったドライバーのお姉さんに扇子を2つプレゼント。こないだ神田セントラルで貰ったものだとは口が裂けても(笑)。喜んでもらえました。

 最終日も同じカフェで朝ごはん。ああ、自分ロシアの食生活でも大丈夫だわと思いつつも、ドールイベントにふらっと行けないと駄目な自分に気づき帰化は諦めました(笑)。ゲームも買えるしネット繋がってるからたまに北海道行けるなら国後でもいいっちゃいいんだけどね。通訳さんがロシア軍用のりんごジュースなるものを貰ってきてくれて、普通の3色迷彩か、冬季迷彩じゃなくていいのか?とか素で考えたりしました。昨日の件で色々あった筈だけど井上さん大丈夫かいなと思って挨拶に行ったらわりと笑顔だったので「顔色伺いに来ました、井上さん笑顔なら大丈夫かなと思って」とストレートに軽口叩いたら、通訳さんが「井上さんは何があっても顔に出さないのよ」と。「いやいやそうでもないけど」と本人はおっしゃって、「まあ肝臓をアルコールで消毒してるから大丈夫」なんて冗談を言ってたので「それ駄目ですって(笑)身体気をつけて下さいね」と言って離席。とはいえ今回の件戻ってからが難儀だっただろうから、今頃辛いかもなぁ。

 カフェから友好の家に戻る時、ドライバーのお姉さんが先程のお礼にチョコレートをくれました。ありがたく頂戴しました。いや本当にこのお姉さんの運転は素晴らしかった。日本のなんちゃってシティオフローダー連中の数倍腕いいと思います。ランクルを乗りこなしてると思ったもの。狭所での取り回しやアングルがかなりつく場所でも綺麗に車体を動かしていたし。

 荷物を回収して再び車に乗り、港へ。最後の挨拶がきちんとできなくて、伝えたい事がたくさんあったのにと歯がゆく思いつつ、来年も呼んでもらえるならもうちょいマシになっとこうと思ったのでした。そうそう、港(と言っても停泊は見たとこ3隻が限界)で釣りをしてる若者がいて、まあまあのサイズのホッケを釣ってました。親日派の皆さんは本当に名残惜しんでくれて、日本に度々訪れているというおばあさんは日本語で「またいらしてね、さようなら」と仰っていました。領土の話さえなければ、絶対親密になれる国だと私は確信しています。「喧嘩というのは、大人が折れるものだ」というのが日本の仁義じゃなかったっけ。

 古釜布の港は水深が浅く(浚渫なんてことできるほど技術もお金もないわけですよ;今度南クリル開発でようやく手をつけるようですが)直接船は乗り入れられないので、はしけにまず乗船して船まで移動。本当に遠くまでずっと皆さん手を振っていてくれました。若者はいまいち無反応だったんですが、先々で青年たちが反応してくれるととても嬉しかったです。港でも一人、いい笑顔で手を振ってくれた若者がいました。多謝。また必ず来ます。

 船に戻るなり船員さんが私に近づいてきて、「おお、まっとったよ。今氷下魚の群れが来てるから、竿出してみれ」と。流石漁師のじいさんはわかってるぜ!と嬉しくなりながら急いでロッドを取りに。既に結構釣れていました。まあ、氷下魚なんでこものですが;出港手続きで若干時間あったのですが、アタリがもうものすげ小さくて;大きいブラー使ってたので結局釣果は1匹でした。でもボウズでは帰らなかったヨ!
 ロサルゴサの船員さんは皆リタイヤした元漁師さんで、「みんな一度は拿捕されてるさぁ、わかってて行くんだもの。船取り上げられて罰金払って帰ってくるけど、慣れてるし」と。こういう話が聞きたかったんだよ!と思いつつ(根室支庁が否定する真実がここに)「あのロシアの旗ついた漁船見えるべ、あれ全部拿捕した船なんだよな」というなるほどな発言が。確かに前々から「明らかに日本船籍」のデザインの漁船が多かったのが気になってたわけですが、そういう事情だったようで。そういえば皆氷下魚を知らないのね;おつまみで有名だと思っていたんだけど。「干物じゃなくても食うんすか?」と聞いたら「生でも旨いよ」と言ってましたね。で、「釣りしたいんだら9月の上旬までだな。7月あたりが一番だけど」と言ってたので「次はその時期第一希望入れときますよ(笑)」と。

 船には根室市立病院で治療を受ける島の子とその家族が乗っていたんですが、娘さんがもう完璧と言っていいかわいさで記念写真撮らせてもらえないかなぁと悩んだんですが頼めませんでしたorz。お父さんがヘリのパイロットだそうで、ロシア語が話せたらいろいろ聞いてみたかったんですけどねー。傷病人引き継ぎの件で通訳さん忙しそうだったし。

 たった20km/hしか出ない遅い船なので、なかなか島から遠ざかりませんでした。若者の感想は「早く帰りたい」でしたが、30過ぎくらい世代は皆「もう1日くらいあっても良かったよね」てな感想でした。私は…精神的にはもう1日、肉体はもうだめ(笑)。

 船の一番高いところで待っていたらようやく携帯の圏内に入ったので、早速このブログに投稿して(速報ってなってるのは携帯からなのです)みたら、連続受信になっちゃってあわわ、と。全部メール取り込んで下行ったら食事の時間になってて(JSTで10時頃じゃなかったっけ、随分早かった)皆いなかったので慌てて食堂へ。で、急いでカレー食べて(船だから最後はカレーが決まり)ごちそうさましたのですが、次に食事するのが例のロシア人一家だとかで、「ロスケは食べるの遅いからさー、ごめんねー」とか言われたものの「いえいえ、のんびりですみません」と。前後して食堂で貴重品返却やアンケートがあったんですが、食堂の一角に例のS君が寝かされていて、同じW大の先輩が昨日あんなにどうでもいいやって顔してたとこ今日になって急に真っ青になってて「ようやく事の重大さに気づいたか、役人の言うことなんざ信じるもんじゃないぜ、坊や」と苦笑い。で、全員無事に帰れなかったので、船の中でやる予定だった反省会も解団式もやっていません。

 そうそう、根室あたりの人はロスケって言葉普通に使うんですよね;差別用語という認識はあるのかな。慌てて言い直す人は絶対反ロシアなんだよなぁ(笑)。でも船員の人たちは別に嫌がるわけでもなく訂正もせず本当にふっつーに使ってました。公的なスピーチを船長さんがした時に一回言い直しただけw。

 領海内から行きと同様海上保安庁の巡視艇が随行してくれてましたが、どうも北対協以外の役人が連絡取って呼んだとかで。責任の追及合戦がこんなとこでも続いていました(苦笑)。結局北対協の不手際として下手すりゃ尻尾切りみたいな真似するんでしょうが、なんつーか…見苦しいの一言。で、根室港に戻ったとこで停泊してる巡視艇が2隻いたので、「日本の巡視艇が発砲しないのはアレのせいです。船首に銃座見えるでしょ、あれガトリングだから民間船だのロシア国境警備隊のゴムボートだの撃つと船もろとも人が木っ端微塵」と説明したら「あー;」と。今北方領土にいる皆さんの武装で一番強力なのは、たぶん国境警備隊のAKだと思います。ハッチャスにあるJS-2がまだ使えるとはとても思えないし。だから実は保安庁と海自だけで島は簡単に制圧できます。だからこそ憲法9条を否定し攻め込むような発言を軽はずみにしてはいけないわけですが、それがわからない人間を学識経験者として迎えるようでは程度知れてます。有識者としてついてきた上村氏も結局自分の取材をしただけで何かしら有識者として役に立ったわけではありません。北対協にとっては反省点が多すぎる訪問だったのではと思います。

 佐藤先生と最後に挨拶したかったんですが、彼はS君と共に真っ先に救急車で病院に向かったので叶いませんでした。ただでさえ休みになるところ行く直前に急患入って帰るなり仕事とぼやいてたので、気の毒でなりません。倒れてないといいけど。S君は朝運ばれてるとこで声をかけてみましたが、完全に二日酔いで体調崩してましたね;当たり前か。一応、吐瀉物が肺に入っていないか確認のために入院だそうで、根室居残り確定でした。

 バスで千島会館に戻り本来ならここで解散式みたいなものをやる予定だったのですが、帰りの航空券を返却されてさっさと解散でした。おかげで記者会見も前倒しになってあっさり済んだとか。なんともはや。市村さんと軽くお喋りをして握手をしつつ、内山記者に「また来ることがあれば是非声かけて下さい」と言ってもらえて「ええ、必ず。いい記事書いて下さい、楽しみにしてます」と。後は学生団のリーダーの佐藤君に「流石岩大上がり強かったな!頑張れ!なんか手伝える事あったら言ってくれ」とい言って、金谷君に「君の将来が凄く楽しみだよ、また会えたらその時はよろしくね」と。それぞれにいい返事をくれました。この後佐藤君とは列車で再会するんですが(笑)。金谷君は根室残り。

 私は根室駅から釧路入りで宿だったので列車待ちしてたのですが、そしたら同行する人が結構多く(笑)。道中おっさんくさいギャグで何度も皆を湧かせた雪さん(この後、さらに湧かせることになるとはこの時夢にも;)や、JR東の大室さん、二世(ここまでこう書いたけど、本来なら「同じ連盟の」と書くのが正しいね)の落合さんあたりと駅でばったり。近くのおみやげ屋さんからトランクを発送しちゃって身軽になって、さあ釧路行くか~と思ったとこで見慣れた顔ぶれがわらわらと(笑)。記者会見早く終わったので通訳の先生や団長さん、学生スタッフの皆も列車に間に合って、解団式やってないこともあって旅の続きになりました。しかしここで雪さんに悲劇が!チケットなどが入ったディパックを根室駅に忘れてきたことがわかり、さらに悪いことに連絡不行き届きで後続の列車で来る筈の面々がその荷物を持ってきてくれなかった事が判明。雪さんは根室・釧路間を2往復する羽目になったのでした;

 にしてもあの路線、ほんっとに無駄多いルートですな。口うるさい政治屋がわめいた結果なんだろうなぁ。Gekoのログ見ると1時間かけても出発地点からほとんど進んでない(逆に戻ってる)ことがよくわかりました。流石トラウトの聖地、よさげな川はいっぱい見ましたが。あと、エゾシカを見ました。うまそう(ぉぃ。

 雪さんは気の毒でしたが、道中皆それぞれに楽しみつつ、釧路に着いて(ここで私が列車に忘れ物しそうになったとこを雪さんに教えてもらって助かりました。あぶねー!)そこでほとんどの人はそのまま空港へトランジットだったので、皆とお別れをしました。縁があったらまた是非、と。特に落合さんとは「連盟がらみでまた同席あるかも、その時はよろしくね」とお互いに。「同行者居なくて苦労した件とかこのケース一世の方が向いてるんじゃないかって話は、私から連盟に上げとくよ」と。(というわけでぬまにゃんまだ仕事残っておりますw27日現在)

 で、雪さんも不幸なければ一緒だったんですが、釧路泊の面々が4人。団長森嶋さんと徳島の吉田さんと兵庫の学生の赤坂君と私。「よし、4人でメシを食いに行こう!」ということになって、1時間半後に待ち合わせをして一度解散、ホテルへ。

 宿泊先の駅前ホテルオーシャンは結構いい宿でした。たった4千円だったし。疲れてたんで大浴場使わなかったけど、最上階にはそういうのもありました。もちろん全室ユニットバスつきでLANつき。部屋は狭かったけどベッドは広くて快適でした。ぼんやりネット眺めてたら時間だったのでちょっと早めに出発。時間通りに森嶋さんが。「いや、凄くいいホテルだよ!温泉つきでさー、シングルで入れたのにツインの部屋だったよ。もう部屋広い広い」と大喜びしてて、「いいなぁ、いくらすか?」と聞いたら「たった6千円」と。すげぇΣ( ̄□ ̄;!駅からちょっと遠かったけど、空港行きのバスが前通るんでぜんぜん問題なしだとかで。いいなぁ。しばらくして吉田さんも来て、「寝てしまいそうやったー」と。赤坂君は道に迷ったそうで遅れて登場。さてどこで食べるかというところで流石団長、しっかり事前調査済んでて(笑)、地元の人がよく行く名店を調査済みでした。現場に行ったら数件の候補の中から「炉ばた屋」という炉端焼き店がよさげだったので入ることに。

 で、ここのお店大混雑だったけど、混むだけあって何もかも激ウマ。おばあちゃんがそれぞれの魚介類を1つ1つ丁寧に焼いてくれて、「調理の仕方で味こんなに変わるもんか」と唸りました。いろいろ面白い世間話を聞かせてもらいつつ、こっちの話なんかもしてたわけですが(東京の定宿が神田セントラルなんですよと言ったら森嶋さんちゃんと知ってて、あの界隈はいいね!と。で、神保町の「南海」ってお店が美味しいよ、と教えてくれました)、一度皆黙っちゃった瞬間が。…私が注文したつぶ貝のお刺身が美味しすぎました。いや、他の皆も赤坂君以外は全国飛び回ってるからいろいろ食ってる筈。私は私で三陸馴染みなんで東京で食ったら一般人は破産レベルのもの結構食ってる。なのに!
 あんなに旨いつぶ、いや貝の刺身食ったことありませんでした。完敗orz。ぐうの音も出ないとはあのことだよね。絶句。ほんっと旨かった。
 最後に食べたお茶漬けも、だしが本気で素晴らしくてもう極楽。いやこれすげぇっすよ。なんかグルメ番組の取材?(笑)確か団長さんマスコミ関連だと思ったけど、引き強すぎですって(笑)。4人で1万4千円ちょいでしたが、団長さんが「3千円でいいよ、あと僕持つから。団長らしく(笑)」と言ってくれたのでお言葉に甘えました。森嶋さんごちそうさまでした、いやほんと同行して良かったです。お酒入らなかったのでシラフでいろいろいい話できたし、食事も美味かったし。そしてお店を出て、4人それぞれ別の方向へ(まだ8時だったし)向かったのでした。縁があったらまた!と。この時の面々、特に森嶋さんには年賀状書かなきゃね。大感謝。解団式やってないから、森嶋さんはまだ団長です(笑)。

 お部屋に戻ってTZを開いて、みくしに繋いであるマイミクさんの日記にコメントつけたら即レスが。なんか、そのタイミングで猛烈にほっとしちゃって、「日本に戻ってきたんだなぁ」と実感。で、すっかりその人に癒されちゃってる自分にちょっと笑ってしまいました。まだ家についてないのにね。(レス遅れててごめんなさい>誰かさん)

 お風呂は朝でいいやーと思いつつ、ネットほどほどにして寝ちゃいました。で、薬を飲まなかったことで翌朝後悔するわけですが、それは続きで。

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