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2007年3月21日 (水)

幾時代ありまして、モード

 2400bpsのモデムを買ってパソ通を始めた頃からの仲間である友人いわが、この3月で実家に戻る事となり、14年にもなろうかという盛岡での付き合いがとりあえず幕という事となり、同じ時期からやはりパソ通仲間であった鯖ちゃんを交えて送別会らしきことをやってきました。

 初めてオフで顔を合わせた時の事を、あまり記憶力良くない私が何故か今でも鮮明に覚えています。そういう類の繋がりで、地元にあって存在感の大きい人物だったのですが、皆それぞれに仕事についたり、私は私で療養に入ってからは会う機会が地元でも随分減っていました。いわとはむしろ東京でコミケ上京した時に会ったのが一番最近だったりとかで(笑)。

 方々歩いたり食事に入った先でした話は3人して「うちら年食ったよねぇ」でした。鯖ちゃんが1歳上で私といわはタメなのですが、昔なら軽い量の食事を頼んだものの大分苦労して片付けたなんて有様だったりとか、長距離の旅行はきつくなったよねぇとか。気の持ちようで老けないという人で実際そうな人も身近にいるのですが(笑)、残念ながら私たちは見た目はともかく(鯖ちゃんとか痩せたんでかえって若々しいwし、いわ変わってないし)中身は随分くたびれたなぁという感じです。ああ、もうすぐ35歳になる人間のほぼ14年の付き合いってこんな感じかぁと、ちょっとしみじみしました。年齢を代償に経験なりキャリアなり収入なり得てるわけで、なーんにもしてない私以外は(いわも実家戻るとインターン卒業どころかいきなり病院役員なので)そこそこ偉くなった、という感じです。

 まあ、こういうのがあってこそ人生だろうなぁと思いつつ、私たちの付き合いは他の皆と同じく今後も回線の上で続くことになります。出会った頃のように。言ってみれば最初に戻るだけという感じではあるのですが、一区切りついたんだなぁって感慨は確実にありました。

 今までずっと果たせずにいた「いわの実家に遊びに行く」を果たすチャンスが今後は毎年ありそうなので(私が北方四島の引揚者の二世であることは一生変わらず、恐らくいわの実家が北海道であることも変わらないままな筈だから)「こちらから会いにいく」という約束を果たせそうなのは逆に嬉しくもあり、複雑ではありますが寂しさばかりではないです。戦友が次のステップに進むのだから、応援すべきであろうし。

 にしてもいい思い出がたくさんで、本当にただただ「たのしかったなぁ」と。これもまだ多分道の途中に過ぎぬのでしょう。立場は変われど、おそらくプライベートの付き合いはそう変わりはしないだろうと、前向きに思えています。

 長いこと実家から遠い岩手で奮闘してきたいわには賞賛とお疲れさんという言葉、そしてこれからもよろしく、という言葉を贈りたいです。人生の1/3を過ごした場所だもの、たまに気が向いたらいつでも寄ってくれとも思います。

 私たちは歳をとりました。ふと意識して驚いたほどに。でも、まだまだこれからです。うまく表現できませんが、私はこんな境遇でも、幸せでもあると思えた1日でした。

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