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2006年4月9日 - 2006年4月15日に作成された記事

2006年4月15日 (土)

調子は悪いけど普通の雑記モード

「錬金3級 まじかる?ぽか~ん」がとてもいい感じでツボに入る。1話の決まり手が「はいてない」って凄いぞ!(笑)30分どころかその半分区切りでいきなり見ても楽しい、各話完全完結なところも良いなぁ。今期の番組、まだ顔見せ程度のものばかりな中で、いきなり定着した感じ。

 GEOで私が買った360のソフト4本とも2980円以下で投売りしてるのは、新手のイヤガラセですか?パーフェクトダークゼロ、Amazonがマーケットプレイス以外で値上がりしたので、さくっとお近くのGEOで2980円でご購入の上協力ミッションに参加頂けると嬉しいです。FPS嫌いでなければこの値段なら楽しめる筈。

 LIVEアーケードでバックギャモンの体験版を拾ってきてルールを覚えた。なるほどこれはちょっと面白いかもだけど、人とやると凄い勢いでボコられそうなのでSEGAlinkでやったりはしない(笑)。

 友人マル助がそろそろ米国から戻るので、お買い物を頼もうと思ったら、狙ってたお店の狙ってたブツが欠品でショック。欲しかったのに…コールドスティール・シミター。

 そしてコールドスティールはニューモデルでまたやっちゃいました。「Konjo」というナイフを発表。説明文の冒頭で吹きますた。「コンジョーは日本の用語で、アメリカ風に言うなら、ぶっちゃけ『ガッツ』ってとこだ」いやあんたナイフに根性入れられても微妙に困る。見た目はドスのようだけどマイカルタハンドルだったりして微妙に上品ではある。

 目と耳がじわじわとその機能を失い、アビオニクス系が7割以上効かなくなる。実はこれを書いている今も少しずつ失われる視界と聴力に悩まされたのだけど、なんとか回復。血圧の動きはどんなもんだと思って測るも、測定器の測定時間内で急激に変化するせいで掴みきれないらしく、3回連続で計測不能のエラーを出された。(高すぎてエラーが出ることはあったのだが。最高が250を超えた場合、大抵の電子式はエラーを返す。ざらに見るが)
 やっぱ鬱を我慢して薬切るべきだな;しゃれにならない。このままじゃ5月に響く。

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2006年4月14日 (金)

部屋が暑すぎです先生モード

 今日も今日とて耳鳴りが止みません。ところで表題の通りなわけですが、もー!部屋が!暑い暑すぎる!昨夜うっかり20度設定でクーラー使っちゃったほど暑い。どうなっとんじゃ。不整脈と胃の痛みで満足に動き回ることもできず、今日も家におりました。立ち上がるのが困難なほど体が重いです;泣ける。

 にしても暑い。百円ショップで温度計を買ってこようかと思っている程暑い。熱源はわかってます。3台のVAIOとHTSのアンプ、BSデジタルチューナーとスカパーチューナー。そしてそれに時々360が加わる、と。

 ああ、いかん、もうちょっと色々書くつもりだったのに本当に視界がブラックアウトしてきた;やべ、低血圧だ。皆さん生きてたらまたのちほどー!(いやまじ

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わりと致命的なうっかりモード

 デプロメールは抗鬱だけでなく、私の持病にもわりと関係ある薬。
 以前なんでやめたんだっけ?って理由を思い出せずにいたのですが、ようやっと思い出しました。心臓がものすごく暴れるんだった;。血圧低下どころでないことになってます。今が春先でなければ凌げるレベルでしょうが、流石に時期が悪い。長期服用で安定する部分に含まれない相性なので、ちょっとまずそう。

 どうするべきだろう、新しい薬で危険な目に遭うのもわりと怖いけど、既存の薬に手駒がもうほぼない。(薬の名前は数あれど、元を正せば主成分の種類はそう多くない)心臓のリスクを負ってでも精神を安定させるか、それとも逆をとるか。次の通院は26日。それまで判断に迷いそうです。朝夕だから朝だけに減らそうかな…。たぶんテルネリンとの衝突の影響もある気がするので、テルネリンを切ってみるのも手だけど、それやると頚椎痛でもう動けない気がする。

 過去にもあった症例なので苦しいわりに落ち着いているけど、これがもたらす二次的な人体への影響についてはいまだ未知なので、怖いっちゃ怖いです。

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2006年4月13日 (木)

久々の抗鬱剤の効果モード

 驚くほどさっくり効いて、ほぼニュートラルな状態に戻りました。
 しかし気圧・気温の急激な変化に体がついてこれず、結局心臓は苦しいままだわ1日耳鳴りしてるわ顔がむくむわで結構ひどい状態に。

 でもまぁ気分が回復しただけでも相当いいです。デプロメール自体の副作用である口の渇きと発汗は水分補給すりゃ問題ないので気にしないことに。

 鬱状態の時に先日ショック症状の原因になった薬がまだ手元にたくさん残ってることを思い出さなくてよかったです。

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2006年4月12日 (水)

鬱に逆戻りモード

 抗鬱剤にもなる薬を別目的で処方されることはあったのですが、自分自身の鬱症状の悪化で鬱のために薬を1種類増やす事になりまして。パキシルが効かないのでデプロメールです。

 鬱症状は単なるパストポイントで自分がなることは投薬の都合もうないだろうと思っていましたが、しっかり出るようです。今更そんな初期症状に悩むこと無いと思ってたのでわりとショック。

 おまけに医療費控除の認定証の送付が遅れて、不意打ち3割負担になって財布が空に。再来週には返却されるとはいえ、結構ぐったりと。今後毎年度初めにこれに悩まされるようで、障害者行政の劇的な悪化に早くも精神力急降下中です。

 自然死を待てるだけの余裕が一時あったのですが、今やなくなりつつあります。気を殺がれるような出来事どころか気分転換途切れるだけでまずそうな感覚。来月頭までにせめて風邪だけでも治ってほしいところですが。

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2006年4月11日 (火)

命の二重性モード

 朝起きたら扁桃腺が腫れてものすごいことになっていた。
 慌ててかかりつけの耳鼻科に行ったら、喉見て鼻見てちょっと問診あった後、ぬり薬塗られて吸入を鼻と喉にやっただけであっさり腫れがひいてしまった。そこの先生は大変な名医だが、それにしたって随分簡単に治ったものだと驚く。かわりに今は鼻の調子がよろしくないけど。

 ところで健康保険の切り替えの時期で、今日は保険証の新しい番号が不明なため、保険適用外での支払いだった。診察と処置と吸入で4千円ちょっと。薬は3千円ちょっとだった。安いかもしれない。精神神経科に行くと保険+控除なしだとどんなに簡単でもまず1万、血液検査が入ると軽く2万、それが隔週である。低収入になり健康保険が使えなくなる事を考えるとぞっとする。一ヶ月で軽く餓死できるだろう。生活保護を受けたとしても文化的な生活とは完璧に無縁になる。仕事上PCとインターネット向け回線必須と言ってもお役所は認めなくて没収ないし生活保護の解除になる気がする。

 心臓発作で死ぬのは大歓迎で、窒息死は絶対お断りだが、餓死も嫌だと思った。そこに至るまでがひどく惨めだろうから。こういう状況はあり得るのに、自殺が合法化されないのもなんだか変な気がする。昨今の尊厳死報道でもわかることだが、自然死に至るまで存分に苦しめというのがこの国の根本的倫理であり方針である。こういった矛盾は山ほど転がっている。苦しむのが当事者だけなので無視しつつ、事後の事でいらない責任のなすりつけ合いをするのを避ける意向で法整備されているのが見え見えだ。それで基本的人権などと簡単に口にする。たいした法治国家だ。人は金を持っているのが前提らしい。どっからそんな金が沸いてくるのか。

 そういえば「世界の中心で、愛をさけぶ」なる映画を見た。ぜんぜん泣けなかったどころか微妙にしらけたが、劇中非常に印象的な台詞が1つだけあった。「天国なんてものは生き残った奴が作ったもの」。全くその通りだと思う。世の中、死なれた者が納得する術は山ほどあるが、死にゆく者が本当に苦しまずに死ぬための術はあまりにも、あまりにも少ない。あっても欺瞞の一言で片付くものが多い。

 増えすぎた人間、これから主たる疾病になるであろう精神病。社会復帰不能になる人間が増えるであろうこれからの世界において、なお自ら死を受け入れる人間を拒み続けることは、果たして世の中のためなのだろうか。精神を病まなくてもさまざまな病気や身体上の理由で尊厳死を望んでいる方は多くいらっしゃる筈だ。それも、意識があるうちに。

 生命倫理に関しては本当に疑問が多い。生誕に遡った場合、出産前の胎児は母親の肉体の一部で、それをどうするかは体の持ち主の判断だと思うし、生まれてから一定レベルの意識が定着するまでの2年程度も、人権に保護される対象かどうか冷静に考えると疑問ばかりが湧く。このあたりが見直されることは、納税者が一人でも欲しいこの国や宗教汚染された国家においては絶対ありえないことだが、(育てられない子を作った親が根源的に悪いとはいえ)状況の認知さえできない存在を望まれない形で強制的に生かす事がどれだけ残酷な状況を撒き散らすかは周知のことな筈だが。勿論、望まれて生まれ、生きていく環境に全く問題のない子供は、死力を尽くしてでも守り、育てるべきだと思う。そういう命だけであってほしいのだが、残念なことに子供が間違って子供を作るような状況からとんでもない不幸が生まれる事例が後を絶たない。残念ながら状況的に生まれながらにして既に存在が閉塞している子供も少なからずこの世界にはいる。そしていらない不幸を背負った挙句命を落としている。

 希少動物なら命を守る努力もしよう。しかし人間は溢れすぎだ。可能性云々を論じたところでそれは宝くじを購入するのと同じことであり、絶対的に生をもたらすべきであるという根拠に乏しい。状況による区別はもっと的確になされるべきである。命が尊いのではなく心が尊いのだと私は信じる。肉体の命と精神的な命という二重性の中に我々は存在するわけだが、後者の発生と消滅について論ずることを人々はほとんどしない。それが人間の生物としての特異性であり、地球上で好き放題してきた根拠であるにも関わらず、だ。

 産業革命以後急速に形を歪めたのは地球や生態系だけではなかった。当事者たる人間もしっかり歪んできている。新しい倫理観を根本から構築しなおす必要性は程なく生じると思う。さもないと、急速に温暖化しているこの地球の表面同様、人間も辻褄が合わず結局存在としては「自壊」するだろう。

 とりあえず「命の二重性」については深く考えてほしいところだ。

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2006年4月10日 (月)

心も身体も風邪気味モード

 喉がやたらいがらっぽくて妙に熱っぽいです。
 発汗があってだるいし。関節も微妙に痛い。
 新年度早々もう風邪ですな、どうやら;

 でもって心の風邪の方もこじらせたっぽい。
 凝りもせず手の届かないものに手を伸ばして、結果を考えて完全に精神がシャットダウン状態に。誰かを確実に不幸にすることは、自分がどんなに苦しくてももう絶対やめようと思っていたのに。それでも手を伸ばしたい自分と強力な自制心がせめぎ合って、半ば錯乱状態に。
 猛烈に心臓が苦しくなる発作がここ二日ほど繰り返し。
 苦しくて横になると、この先を悲観して死ぬことばかり考えてる自分が。
 どうしてまだ生きてるんだと思う自分が。

 頼むから、止まるなら止まってくれ。私の心臓よ。
 なまじ動き続けるから、とうに死んだ心を本能的欲求という名の制御命令が動かしてしまう。もうこりごりなのに。一時の幸福感があとでまるで刃物のように心を容赦なく切り刻むのは、わかってるだろう。

 私は幸せにはなれない。忘れてはいけない絶対的なしがらみ。
 どうして勝手に抗う。残された時間くらい普通に過ごさせてくれ。

 開いてはいけない箱が久しぶりに開いたようです。
 日記は休まないと思いますが、あらゆる反応が遅れそう。
 少しの間ごめんなさい。気分転換に注力します。

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2006年4月 9日 (日)

でも、これだけじゃ暮らせないし。モード

関連リンク: Sankei Web 産経朝刊 障害年金受給 10年前の1.5倍(04/09 05:00).

 方々で関連コメント見ると、ニートで暮らせて羨ましいね、なんて意見が多いわけですが。そういう無神経さんがいるからどんどん受給者増えるんだと思いますよと(笑)。

 ええっととりあえず受給している身としては、とても一人で生活できる額ではありませんし、一応私がどの程度まともな身体でないのかはこのブログを読んでいる方(ニフに移る前の分から読んでいればさらに)にはよくおわかり頂けてるかと思うんですが、ひとことに鬱と言っても程度にものすごく差がありまして。統合失調も100~120人に一人の病気とはいえ、発症の度合いにはだいぶ差があって。それ以外の精神由来疾患で身体にまで症状が及んでいて、それで一般職に就けなくて受給しているという人もいるわけで(私のように)。

 あのね、はっきり言いますが、健全な精神状態で仕事ができる方がずっと生活は楽です。定職に就けている皆さんに問いたい。お給料いくら貰ってます?
 スキルがあっても、定職につけるだけの身体能力は失ってしまっている。それで食いっぱぐれる。その悔しさがわかりますか?

 記事中にもありますし、社会保険庁の人にも言われました。「回復した場合(障害者年金の対象外になった場合)のケースは、前例がほぼないので回答できない」と。ようは、ジャンクであると申請するのは自分自身だけど、ジャンクから元に戻れた人がほとんどいないのは、お役所も認めるところであると。

 ちなみに、年金を受け取っていると年金が払えない、ということになっています。将来的に回復した場合、障害者年金受給期間は年金の身払い期間になるということ。その場合10年まで遡って払えるそうですが、年金だけで生活した場合、そんな貯蓄は残せないです、とても。病人ですし。医療費かかるわけですし。

 自営なり技能職で個人で成功できるならともかく、日に日に悪化していく体をひきずって仕事に悩むことがどんなに辛いか。「死ぬかもしれないような状態」の体と向き合って生きていく中に、幸福を見出すことがどんなに困難か。

 しかし、全体で見るとなるべくしてなった状況という気もします。我慢が美徳だ、それが日本人の国民性だ、なんて言った連中、縦割りの社会に疑問を持たなかった連中が作った状況で、今のこの社会で精神的にニュートラルでいられる人間が「誰かを壊すことで」その状況を得ていると考えれば辻褄が合っちゃうわけで。

 まあ、医療費も4月から倍になってますし、恐らく年金財政のお荷物である私たちは、今後もさまざまな方法で国から経済的に圧迫されて、一部の幸運な方を除いて自ら死を選ぶ道へと追いやられて行くことでしょう。それが上手く行った頃、まともな人間が日本にどれだけ残ってるか疑問ではありますが(恐らくアジアで最も民度の低い国になってることでしょうね、今だって相当ひどいけど)、たぶんその頃には死んでるでしょうからどうでもいいや。

 いくらなんでも隣の芝生青く見すぎてないか、というお話でありました。

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